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一宮簡易裁判所 昭和38年(ハ)34号 判決 1964年6月30日

原告 浜松勇吉

右訴訟代理人弁護士 三宅厚三

被告 中部電力株式会社

右代表者代表取締役 横山通夫

右訴訟代理人弁護士 入谷規一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録(一)記載仮換地及びその隣地の上空に架設した長さ二五、二米、四本、同(二)記載仮換地及びその隣地の上空に架設した長さ二八、八米、四本、同(三)記載仮換地上記三筆の仮換地(以下本件原告所有土地と称す)及びその隣地の西側境界に沿う上空に架設した長さ二四米、四本の各高圧線を収去せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、(一)原告は本件原告所有土地を仮換地の指定を受け所有権に移行する権利を有する。(二)被告は、本件原告所有土地上に各高圧線四本づつを架設した。(三)右高圧線には常時約七万ボルトの電圧の電流を通じ、その直下及び左右並びに前後の各三米以内は危険のため家屋の建築ができない。

よつて、原告は被告に対し所有権に基き、請求趣旨記載の高圧線を除去することを求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告の抗弁事実の中(1)は否認し、(2)は認めると述べ、立証として≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実は全部認めると述べ、抗弁として、(1)本件高圧線の架設につき原告と被告との間に土地使用の契約が成立している、(2)原告の要求により鉄塔の位置を最初の計画から変更した。仮りに右抗弁が理由ないとしても、本件高圧線は稲沢市の工場誘致その他同方面の市域内の電力の需要に応じ、架設したもので、今、本件原告所有土地上の架空線を除却するときは、鉄塔の移転用地の交渉等影響するところ大であつて、原告がこれが収去を求めることは、権利を濫用するものであると陳述し、立証として、≪省略≫

理由

原告主張事実は、当事者間に争いがない。

よつて、被告の主たる抗弁につき考えるに原告は被告の抗弁事実(1)は否認し、(2)については当事者間に争いがない。

全証拠及び弁論の全趣旨によると、稲沢市の工場誘致方針により同市内に訴外豊和工業株式会社稲沢工場が新設せられ、これに要する電力を被告が供給するため、被告は、本件原告所有土地を含む島区の外二区を通ずる高圧線架設計画(以下本件架設計画と称す)に基き、稲沢市役所を仲介として、その通過線下及び鉄塔建設の土地の島地区地主側と昭和三十七年二月頃から交渉(以下本件交渉と称す)中であつて、訴外山田潔は右地主側の交渉委員長であり、原告は訴外子息浜松守をして交渉を代理せしめていことが認められる。しかして、≪証拠省略≫によると本件交渉は昭和三十七年十二月四日夜(以下契約日と称す)最終段階の交渉がなされたものであるが、この際右原告代理人浜松守が、原告宅において右山田潔に対し、原告も了承した旨を答え、その後交渉の会場であつた公会堂において、右山田が右守の面前において右の旨を報告したことが認められ、これを否定する浜松守の証言の部分は若しこれに反する意味を守が山田に答えたとすれば、その場において、ただちに直接原告に対し山田から交渉があるべきであることは、そのために原告宅を訪問した山田の目的から当然の事理であるのに、その交渉があつたという反証のないところから措信することができない。

右の答えは、契約日に提示された条件により、原告の土地上に高圧線を架設することを承諾したものと認むるに十分である。

しかし、通常、重大な申込みに対する承諾は、文書若くは、直接承諾を表現したと認むる言葉で明示の承諾がなされるのに比し、やや間接の表現が用いられてあるので、更に判断を附加すると、全証拠並びに弁論の全趣旨によると、本件交渉の経過は、地主側において高圧線の架設は止むを得ないものとし、その補償金額の可及的な多額を得るために折衝を続けていたところ、右契約日において、被告及び訴外豊和工業株式会社及び稲沢市が地主側に対し支払うべき最後案並びにこれが承諾を得ればその翌日から架設工事を開始すべき旨を提案して交渉せられたものであること及び、契約日において明確に反対した者も少数あつたが、最後に承諾を留保した者は原告代理人と外一名であり、他は承諾するとも、しないとも意思表示せず散会したこと、並びに本件架設計画はその関係地主の内一人でも反対があり、その土地上を通過せしめ得ない時は、一部若くは全部の計画を変更し、計画並びに交渉の再出発をしなければならない性質のものであることが認められる。

右認定の状況の下において、多数の当事者及び地方の公益に関する事案については、一人の単独行動は余程慎重になすべきであるが、といつて補償の金額につき不服のある者が、これを申立て全員のため増額に勉め、その上で不服として不承諾の意思を表示することはもちろん自由であり、有効な意思表示である。しかし、この意思表示は、もつとも明確に表示せられることを要するものであることは、前記の事情からして当然であつて、最終の段階に到るまで無言の者は不承諾と認めるよりも、むしろ黙示の承諾と認め得るもつとも顕著な状況である。

ところで、証人浜松守及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告においても、大勢に順応しながら最も多額の補償金を得ることを目的とし、大勢に反して本件架設計画を変更さしても補償額の異議を貫ぬこうという確固たる考えはなかつたと認められ、右証拠中この認定に反する部分は措信しない。

しかして、契約日における交渉の最終段階における原告代理人の答えが証人浜松守の証言の如くであつたとしても、その段階において、なお、一部の鉄塔の移転が原告の有利に変更された点を勘案すると原告代理人は明確に不承諾の意思を表示したものでないことが認められ、これに反する証人兼田金光、同平林藤一の証言部分は措信しない。これと、前記認定の如き山田に対する答とを綜合し、黙示の承諾以上に明示の承諾があつたものと認められ被告の右抗弁は理由がある。

従つて、その余の被告の仮定抗弁を判断するまでもなく、本件原告所有土地上に架設した原告の高圧電線は、原告の承諾に基くものであつて、原告の本訴請求は理由を欠くこととなり失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 福間昌作)

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